大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和24年(新)201号 判決

控訴人 被告人 山本克己

弁護人 豊川重助 小林右太郎

検察官 本位田昇関与

主文

原判決を破棄する。

本件公訴は、これを棄却する。

理由

被告人弁護人豊川重助同小林右太郎提出に係る控訴の趣意は別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りである。

右控訴の趣意第一点について、

よつて訴訟記録を調べてみると、本件起訴状には、犯罪一覧表と題する書面が添附せられており、右犯罪一覧表記載の内容は本件公訴事実に引用されており、その訴因をなしているのであるが、その末尾に「前記以外に未届のものがあるものと推則(測を誤記したものと思われる)せられる」との記載あり。原審第一回公判調書によれば、主任弁護人弘田達三において右記載を「刑事訴訟法第二百五十六条第六項所定の裁判官に予断を生ぜしめる虞ある記載」であるとし「公訴棄却の判決がなされるべきもので本件公訴提起には異議がある」と述べたこと原審第二回公判調書によれば、検察官は右附記を「隠当を欠くものであるから撤回する」と述べ裁判官はこれを「裁判官に予断を生ぜしめる虞ある記載とは認められない」との理由で弁護人の異議申立を却下したことはいずれも所論の通りである。思うに現行刑事訴訟法は、従来のそれに比し公判中心主義を徹底し且つ当事者主義を強化した結果、公判期日前に裁判官に予断を懐かしめる事態を生ずることを極力警戒し刑事訴訟法第二百五十六条第六項において、起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならないと規定したのであつてその趣旨はただにかような書類その他の物を添附し又は引用することを禁ずるに止まらず起訴状に起訴事実及びその犯情に直接関係のない事であつて裁判官に事実の認定及び量刑につき予断を抱かしめるおそれのある事柄を記載すること自体をも禁止したものであると解するを相当とする。しかるに前記犯罪一覧表には、訴因をなす十二個の窃盗事実の記載があり、その末尾に前記以外に未届のものがあるものと推測せられると記載してあるのであるからこの記載は、被告人が起訴に係る公訴事実の外にも、罪を犯しているものと推測せられるとの意味であることは明白であるが、犯罪の数の多いということは、実体法上不利益であるばかりでなく、刑事訴訟法第八十九条が被告人において常習として長期三年以上の懲役又は禁錮にあたる罪を犯したものであるときは、いわゆる権利保釈の権利を認めないと規定しているように、手続法の上でも不利益な取扱を受けるおそれがあるのであつて前記附記は正しく起訴事実又はその犯情に直接関係のない事柄であつて而も裁判官に事件につき予断を懷かしめる虞あるものというべく本件公訴提起の手続は、刑事訴訟法第二百五十六条第六項の規定に違反した無効のものである。さればこれと異る見地において本件公訴を受理審理の上有罪の判決をした原判決は破棄を免れない。

よつて、他の論旨につき判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第二号第三百三十八条第四百条第四百四条に則つて、主文の通り判決する。

(裁判長判事 三瀬忠俊 判事 永見真人 判事 小竹正)

控訴趣意

原判決は左記の如く事実の認定及び法律の適用を為し被告人を懲役一年に処した。

被告人山本克已は大島自動車株式会社の運転助手、原審相被告人山本正は同会社の運転手として柳井郵便局から室津郵便局及川越野郵便局間の専用自動車郵便線の郵便物の自動車運送に従事していた者であるが両名は共謀して昭和二十三年十二月三十日から同二一四年二月十三日までの間前後五回に亘り柳井郵便局長の管理に係る逓送外国郵便物の中から別紙犯罪事実摘示表〈省略〉記載日時場所に於て同表記載の物件(証第一号乃至第三十二号)を抜取り窃取したものである。

被告人等の判示所為は各刑法第二百三十五条第六十条に該当し以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条により(中略)被告人を懲役一年に処した。

然れども被告人は右判決は不服であつて本件控訴を提起した理由は左の通りである。

第一、本件公訴は棄却せらるべきである。

本件起訴状(昭和二十四年三月五日附)に添付せられた別紙犯罪一覧表の末尾に「前記以外に未届のものがあるものと推測せらる」と附記せられている。

該附記は明かに「刑事訴訟法第二百五十六条第六項に「起訴状には裁判官に本件につき予断を生ぜしめる虞のある書類」その他の物を添付し又はその内容を引用してはならない」なる規定に違背するものである。

この点に付て弁護人は原審に於て本附記は右規定に違背するものであると強調し之に対し異議を調べたるに拘らず原審は輙く之を却下したのは不当不法である蓋し本条は単に公訴提起における手続上の方式を規定したるに止まらず裁判官が公判の審理に際しては全く白紙の状態で公判廷に臨み所謂弁論主義を徹底強化せしめたる重要なる規定である然るに起訴状にその記載以外にも被告人の犯罪事実が存することが推測せらると言うが如き附記は明かに裁判官をして公判期日前に公訴事実以外にも被告人の犯罪事実があることの予断を懐かしめ牽いて事実の認定並刑の量定に至大の関係を有せしむることは極めて明白である。茲に所謂「予断を生ぜしめる」とは当該裁判官が偶々主観的には予断を懐かざりしとするも客観的に予断を懐かしむる虞ある内容に引用せしめるに於ては本条に牴触せることは毫も疑なきところで斯くの如き記載ある起訴状による本件公訴の提起は同法第三百三十八条第四号所定の所謂「公訴提記の手続がその規定に違反したため無効であるとき」に該当するものであつて、起訴状は全部無効に帰し公訴は棄却せらるべきものと思料する。〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例